2005年08月28日
頭を氷で冷やす ( 沖縄県 )
昨夜はツグさんのギターとマリちゃんの歌のセッション、音楽がいいとさらに泡盛もうまい。僕は音楽はできないので、料理。ナイチャーが作る車フ
とナーベラー(へちま)
のチャンプルーを作ってみた。島豆腐
が入っていないのでチャンプルーではなくタシヤーというのかな...
ツグさんの工房と作品を見せてもらって、お土産に瓜みたいに長いカボチャと飼っている鶏が生んだ卵を頂く。旅は出会いと別れ、そろそろ出発だ。
何度も言うが、北部の東側は坂。そして暑い。昨日もかなり走ったが、今日も頑張らないと進まない。水は既に何リットルも飲んでいるが、暑くてぼーっとする。変速を変えようとしてるのに、間違えてベル鳴らしてたり、頭が変になっている。途中の木陰で昨日買った田中さんが作っているパイナップル
をナイフで切ってむしゃぶりつく。すごくジューシー、切ってるだけでジュースが飛び散る。手や口の回りをベトベトにしながら頬張る。フルーツはかなりの回復力、元気が出る。
途中でヤクルト配達のおばちゃん(いや、お姉さん)が袋に入った保冷用の氷をくれた。しかもヤクルト400とヨーグルトまでいただく。氷を首の後ろに当てたり頭に乗せたり体を冷やす。ヤクルト菌すごい、さすがLカゼイシロタ株、疲れだけでなく腸内環境まで回復。
辺野古まで来ると道は比較的なだらかになり、家も増える。辺野古の沖にはジュゴンがいるという。そこに普天間基地代替施設の建設が計画されている。テント村というのがあり、座りこみで抗議行動をしている。今日も何人かの人たちがテントの中にいた。一通り話を聞く。今日は雷注意報が発令されているとかで、作業はなかったみたいだが、普段の平日は基地建設のための海洋調査が行われている。テント村の人達は座っているだけでなく、その工事のやぐらに船で乗り込んで工事の進行を阻止(妨害?)したりもしているはず。その様子は以前にテレビの報道で見たことがある。テントの中にいる人はグリーンピースとかの人だろうか、ピースマークのペンダントをしていたりする。テント内にもペンダントがたくさんぶら下がっていたりする。専属でここに張り付いている人もいるみたいで、かなりの抗議行動をしているように見える。
しかし、どうやら地元の人達はそうでもないようにも見える。集落の真ん中には代替施設推進派の議員さん(?)の衆議院選挙対策事務所小屋みたいなのが立っている。辺野古からちょっと離れた道路脇には反対看板などが立っているが、集落の真ん中には反対看板とかはない。多分、地元の人は大声で反対と言えない、言い出せない状況なのかもしれない。そして今度の選挙でも、この土地からは、その推進派の人が当選するのかもしれない。沖縄は田舎だ、変な意味ではなく、地元の人々の繋がりが強くお互いに顔見知りで、血縁関係も強いだろう。その中で勇気を持って反対と言い出すのは難しい状況になっているように見える。目の前には漁港があって船が泊まっているのだが、魚の匂いがしない、魚を獲っている船ではないようだ。いや、この船たちも昔は魚を追っていたのかもしれない。しかし今は作業船という看板をかかげ、基地建設作業の手伝いをしている船が多いようだ。話によると、作業船として船を出すと、日当5〜8万円くらいが出るらしい。魚を追ってるより
ずっと安定して稼げるだろう。
基地が出来たら地元に下りるお金も増えるかもしれない。このあたりはキャンプシュワブがあり、街の裏通りには米兵を相手にするバーなどが立ち並んでいる。しかし、それもベトナム戦争時代の話、今は多くの店はシャッターを下ろして閑散としている。新しい基地が出来たら特需が生まれ街が潤うのだろうか、誰が儲けるのだろうか。基地土地使用料みたいなのも地権者には魅力的な話だろう。
この構図は日本どこでも見られた。敦賀の原子力発電も、青森の再処理施設も、規模は違えど各地の産廃処理施設や火葬場建設でも、反対と賛成、地元はお金で懐柔され、お金を得てリスクを負う。または強行的に進められ権力と法律に反えない。そして大抵は地権者のような地主は権力も持っていたりして、マッチポンプでさらに儲けたりする。民主主義でそれに対抗できる手段は選挙なのに、選挙行かなかったりもする。
昔にやった住民投票では反対多数だったらしい。この座り込みも、最初は地元のおばぁ達が始めたらしいが、しかし今は地元の人はあまり参加していないように見える。その代わり、都会から来た若いボランティアがやっている。地元の人たちは座り込みができなくなったのか、止めたのだろう。都会から来た若いボランティアと地元の若者とは、あまり仲が良くないともいう。僕たちがテント村に入った時も、地元の人達の視線を強く感じる気がした。あいつはどっち派なのか、地元に住んでいても、ただ観光で訪れていても、活動しに来ていても、どこからかそんな視線が飛び交っているように見える。現在の地元の意見が推進なのに、他所から来たボランティアが強く反対している。もちろん地元で強く反対しているおじぃおばぁもいる。
すごく難しい。中越地震のボランティアの時でもそうだが、多くのボランティアは外から来た人だ。地元の意見や考えを良く聞かずに活発に活動するのが得意なボランティアがイニシアチブを取ってしまうと、いずれ地元との間に溝が生まれる。地元の当事者同士でも難しい問題なのに、外からの人が口を出すとさらにややこしい。
宿無いならテントに泊まってってもいいよとも言われたが、まだいろいろと見たり聞いたり考えたりしないと、私の立場は表せない。とかいう事を考えたりしながら辺野古を後にする。
宜野座村まで来ると久しぶりのコンビニHOTスパー、寝床を探しにグルグル回る。野球場前の売店でちょっと休憩、練習を終えた球児のダベり場にもなっているようだ。公園の場所を教えてもらう。そしてチキンチーズカツの差し入れ、感謝。なんか今日はいろいろと頂く日だなぁ、感謝。
沖縄のお墓は特徴的だ。コンクリートで出来た家のような、お城のような、古墳のような、祠のような、屋根みたいなのがあったりで、かなり大きなもの。これに長男を始めとして、家族や血族までみんな入るらしい。仏壇(?)に置く位牌も、何人も一緒に木に買いた名前を並べられるように大きなものだ。今日、そばを食べた食堂で読んだ琉球新聞の死亡欄にも、それが顕れているように見える。告別式の公示なのだが、日時場所、喪主名だけの情報ではなく、その親族の人々の名前が、喪主の長男の名前とその会社名から始まって、義理の姉やその子供の名前まで、多い人では30人くらい、葬儀を上げる側の名前が並べられている。たぶんここに一緒に名前が並んでいる人たちは、その亡くなった人と同じお墓に入るのだろう、みんなが一緒に入れるように、沖縄のお墓はかなり大きい家みたいになっている。その墓地の駐車場に東屋があってちょうどよいので、ここに寝ることにしよう。今日は星がきれいだ。東屋の屋根の下でなく、駐車場のアスファルトに直接マットを敷いて横に
なってみる。雨が降ったら東屋に避難すればいい。満点の星空、天の川が見える。そのまま星を見ながらいつのまにか寝る。
2005/08/26
走行距離64km
積算距離12972km
沖縄県東村高江→県道70号→国道331号→辺野古→国道329号→沖縄県宜野座村
久しぶりにふたりの顔見たよ。元気そうでなにより。
沖縄は非常に血縁を大事にする土地だから、新聞の広告欄にも大きく載るんだよね。
ちなみに沖縄のお墓が広いのは、墓の敷地内でみんなで宴会をやるからって理由もあるんだよね。
墓場で酒盛りが不謹慎って思うのはナイチャーの感覚だね。
いかにも沖縄らすぃい・・・。
ヒント:シーミー
Posted by: 亮 : 2005年08月29日 14:12そうそう、「清明祭」、シーミー。
思い出せなかったんだよね。ありがとう。
沖縄には、たくさんの離島があるぜ。ぜひ。
もう沖縄からフィリピン辺りに行っちゃえば?
ヒント:糸満 ナツコ
Posted by: 亮 : 2005年08月31日 21:41糸満ナツコ?
しらねぇなぁ・・・。
降参!
Posted by: やま。 : 2005年08月31日 23:36ヒント:沖縄 戦争 闇 ナツコ
Posted by: 亮 : 2005年09月01日 20:29「宮城夏子」だね。調べてみて、やっと知ることができたよ。
闇船に乗った夏子さんね。
ありがちょう。
Posted by: やま。 : 2005年09月01日 23:06答え:
ナツコ―沖縄密貿易の女王
ぜひ読んでみて。沖縄の戦争の歴史、ちょっと違う視点から見ることができると思います。