2005年08月07日
雲仙普賢岳 ( 長崎県 )
あなたはもう忘れてたかしら、右手には雲仙普賢岳(1359m)、さらに噴火でできた平成新山(1483m)である。新しい地層がはっきりと分かるように広がっている。山頂からはまだ煙が出ているような、いや雲のような。土石流や火砕流で多くの被害が出た、もう15年くらいも前だ。
島原市に到着、島原の乱。街の中には涌き水が多いらしく水の町として売り出しているようだ。噴火災害からの復旧・振興が成功したのか、街もなかなか元気がある感じ。武家屋敷通りが残っていて、その通りの真ん中には生活用水として使われていた水路が残されていたり、街中の水路には錦鯉
が泳いでいたり、それだけ水が豊富に湧いているということか。
街を走っていたら地元の人にどこからきたのと呼び止められ、あれよあれよといううちに、細い路地裏の紫色のスナックのボックスでビールを飲んでいた。地元の人の会話は方言が強くて半分くらいしかわからない、まるで韓国語で話しているような勢いのあるしゃべり、みんなこの店の常連さんなのか、楽しいおしゃべり。ビールが水割りに変わった頃、カラオケ、みんな750点くらいしかでない。歌って850点以上取ったら特別に近くの温泉ホテルのお風呂招待券をくれるという、「氷雨」を歌ったら859点、店のマスターに場所を案内されて島原温泉に入りにいく。久しぶりの湯舟。
2005/08/06
走行距離51km
積算距離12147km
長崎県諌早市→国道57号→国道251号→長崎県島原市

雲仙普賢岳のとこに確か博物館だか記念館みたいなところがありましたね。といってもぼんびーな俺は1000円も払って記念館には入れなかったので隣の資料館で噴火当時の資料やビデオを見ていましたけど、自分にとってはショッキングな映像が流れていました。マスメディアの方も随分亡くなられたみたいでした。
Posted by: 小田正道 : 2005年08月07日 23:18人間って忘れやすいもので、雲仙普賢岳の噴火っていう出来事が記憶からだんだん薄れてきて、「そんなこともあったなぁ」程度のものになってるんだよね。特に、直接関わりがなくメディアを通じてのみしか触れなかった人間にとっては。
その当時、さまざまな人が関わりあってきたドラマというものを、忘れたいこともあるけど、冷静になって自分なりの記録として残してゆくのは大切だよね。
なかなかいいブログになってきたじゃん。
Posted by: やま。 : 2005年08月08日 00:11雲仙普賢岳復興記念館みたいなのがあって、確かに入場料は1000円と高くて、僕も隣の無料のメディア舘とかいう所の端末で資料を見たり、写真集を立ち読みしたり。当時、災害が始まってからずっと髭を伸ばした村長が、今は名誉館長だとか。
ここはずっと前からなかなかいいブログだよ。やま。も自分のコンテンツをインターネットというメディアに残してみたら?忘れたいこともあるけど、冷静になって自分なりの記録として残してゆくのは大切だよ。
Posted by: 亮 : 2005年08月08日 14:32そうそう、昔からいいブログだったよね、失礼、失礼(^-^)。やまもブログ始めるかな。
8月9日は長崎に原爆が投下された日だね。
あと、「やま。」じゃないよ。「。」は付かないよ。「藤岡弘、」は「、」が付くけどね。「やま、」に改名するかな。細木先生に相談するか(爆)。
Posted by: やま。 : 2005年08月08日 23:36娘。や弘、や★ヒロの真似かと思ったよ。また恐山行ってきたら?
Posted by: 亮 : 2005年08月10日 16:39