2005年09月12日
3/4折り返し
長く居過ぎた、そろそろ沖縄にもバイバイをしなければ。台風15号が来ているが、昨日フェリー会社に電話で問い合わせたら船を出すという。時間が遅くて予約は受け付けていないらしいので、明日現地で乗船受付する時に乗れるかどうかがわかる...
と言っても、沖縄←→鹿児島のフェリー航路はマルエーフェリーとマリックスラインの2社が主要会社だが、隔日で交互に沖縄と鹿児島を行ったり来たりして穴がないように運航している。今日の沖縄→鹿児島はマルエーの当番なのだが、マリックスも臨時便を出すという。これはチャンスかも。マルエーの定期便は午前7時出航だが、マリックスは午前6時に出航するという。しかも予約はもうできない。ならば現地に行って乗れるかどうかを見なければならないが、臨時便ならばたぶん空いているだろう。早速ファミリーマートのファミポートで割引のバウチャーを購入して早めに就寝。いつもの公園。今夜は台風の影響か、雨が降っている。
午前6時の出航に間に合うには午前5時半には乗船手続きをしなければならぬ、つまり起床は午前4時半。この旅で久しぶりに目覚ましをセットして寝て無事起きる。乗船手続きも無事クリアーし乗れる事に、といっても他にお客さんいない感じ。船の中を見渡しても那覇からの乗客は20人くらいか。復路もファミリー&カップルカテゴリーに席割りされたようで、男一人や男グループの方々とは別の部屋、というか那覇から乗った鹿児島行きのファミリーカテゴリーは僕達だけらしい、貸し切りだ。途中の離島で降りるファミリーはまた別の部屋にいるようだからこの部屋はずっと先まで空いてるのかも、ラッキー。
それにしても揺れる。渡嘉敷島に渡った時のフェリー並に揺れる、このままの状態が続いたらヤバイかも、ゲー。船内放送のキャプテンの話によれば、台風の影響で海は大シケらしい、グワングワン揺れる、真っ直ぐ歩けない。風が強いので与論島には着岸できず、抜港した。次の沖永良部島は奥まった所に港があるらしく着岸できるらしい。キャプテン(船長)の判断らしいが、与論島に降りるつもりの人はかわいそう、といってもフロントにつっかかっていたのは一人しかいない感じだったが。抜港(ばっこう)って専門用語かな、キャプテンっていう呼び方もかっこいいね。
沖永良部島でずいぶん長い時間停泊するなぁと思ったら荷物の積込みに時間がかかっている模様、何を積んでるのかと思ってデッキに出て見たら、積み込んでいるのは牛だった、肉牛。家畜専用(?)のコンテナに入れられた牛達がフォークリフトで運ばれリフトで吊り上げられ、どんどん積まれていく。その数およそ100頭、この船には人間よりも牛の方がたくさん乗っている。
奄美大島とかにも寄って、我がファミリーカテゴリー鹿児島行きの部屋はそれでもちょっと増えて7組ほど。本当は番号通りに飛び無く、奥から指定席が割り振られているが、そんなのはどうでもいい、各組が指定席にこだわらずゆったり広く場所を使い、とても平和な部屋となった。
奄美大島から人が乗って、もう鹿児島まで寄港する場所がない、人もこれ以上増えない、と思ったら船内放送、当船にはスタビライザーが装備されているらしい、日本語で言えば「波揺れ緩衝船酔い軽減装置」とでも言うのだろうか、その放送があってから船の揺れが小さくなった。スタビライザーのスイッチを入れたらしい。そんなのがあるのなら最初から使ってくれよ。
夕飯やその後のくつろぎタイムは揺れもなく快適、そろそろ消灯時間、船内の電気が消え、全体的に薄明かりになる。と思ったらまたグワングワン揺れだした。スタビライザーのスイッチも切ったのかよ。
フェリー代金は、通常料金の他に、最近は燃料価格調整費みたいな感じで、最近原油価格が高騰した分として、人間一人あたり300円くらい、チケットを買う際に通常料金の他に徴収される。車を乗せている人は車の分の燃料価格調理費としてさらに3000円くらい徴収される。
燃料が高いのはわかるが、だからと言って、人が少ない時や人間活動が終わって消灯した時間にはスタビライザーのスイッチを切らないで欲しい。300円でなく倍くらい払ってもいいからスタビライザーだけは切ってくれるな。かと言ってフェリー内の冷房はキンキンに冷えている、寒いくらい。クーラーよりもスタビライザーを!
この2等の部屋はマットが並べられている。この一枚が一人分のスペースだが、今日は人が少ないので一人2、3枚くらい使ってもOK。
このマットの並びは船の進行方向に対して直角に並んでいる。船は横に揺れるから、このマットの並びの通りに寝たら、まるでシーソーに横になっているように頭が上がったり下がったりする。なのでマットに対して垂直に、つまり船の進行方向と平行に横になる。すると頭が上げ下げしないので、少しは楽になる。逆に横に転がりそうになるのだが。
明日の朝にはもう鹿児島だ。
沖縄の印象としては、「トイレの洗面所には石鹸が置いてある」ということかな、必ずと言っていいほど、トイレに石鹸がある。何故だろうね。
2005/09/10
走行距離3km
積算距離13187km
沖縄県那覇市→フェリー・マリックスライン・クイーンコーラル8
2005年09月11日
ハイビスカス
ハイビスカス。赤の他にピンクや黄色、白が見られる。普通は5枚の花だが、たまに八重咲きの花もある。
ハイビスカスティーにするのなら、八重の方が花びらがたくさんとれて有利だけど、品種改良したのかな?それとも自然かな?
ヤギ汁
沖縄の名物料理としてヤギ汁がある...
スーパーで沖縄特産コーナーがあったのなら、そのコーナーの中のレトルトパックの並びにはソーキ、ラフティー、イナムドゥチー、テビチー、フーチバージューシー、中味汁、そしてヤギ汁。レトルトパックの価格は300円くらいだが、ヤギ汁だけは700円くらい、格が違う。
沖縄本島ではヤギは見かけなかったが、渡嘉敷島には道路から見える所で山羊が飼われている。汁になるのかな?
とかしくビーチ
昨日は阿波連ビーチで熱帯魚や珊瑚で遊んだが、寝床はとかしくビーチの近くにちょうどいい所があったので、山を越えて戻る...
この寝場所は最高だ。ビーチのすぐ目の前の東屋なのだが、東屋にはテーブルもあり屋根も広くしかも二階建て。夜になれば普通の観光客はホテルに入ってしまうから、誰もいない真っ白なビーチを見ながらゆっくり夕飯を作り、波の音を聞きながら泡盛で晩酌。阿波連ほど民宿が乱立している観光地ではなく、程よい大きさのホテルが一軒だけ、他にはホテルの従業員用の団地みたいな建物のみ、商店などもない静かな所。ビーチを貸し切りで眺めながらゆっくり夜は更けていく。
ところで「キャンプ」とはどういう事を言うのだろうか?また「バーベキュー」とは?
キャンプはみんなでテントを張って夕飯にカレーを作って寝袋で寝て夜に歌でも歌ったらのならキャンプだろうか。キャンプと言う場合の絶対条件は、テントを張ってその場所に自分専用の空間を(一晩)占有確保した場合に、一般的にキャンプというのだろうか。最近の僕達みたいに、テントも張らず東屋とかの屋根のある下に横になって寝るだけでもキャンプだろうか野宿だろうか仮眠だろうか。土地占有確保するのがキャンプなら、テントは張らないけど横になる時にアルミマットを敷いたらキャンプになってしまうだろうか。何も敷かずに既製のベンチに横になったらキャンプだろうか。キャンプと野宿は違うのか、キャンプと夜営・幕営は同じか?
バーベキューとは肉野菜を炭火で焼いて周りにいい匂いを撒き散らし、折りたたみのテーブルセットで食べながらクーラーボックスに氷を入れて持って来た冷えたビールを飲むのがBBQだろうか。カセットガスのコンロで鍋に米を炊き、おかずを作り食べるのは、野食とでも言うのか?ただご飯を食べているだけならピクニックだろうか、調理をしたのならやはりBBQか?
このビーチ内ではキャンプ・バーベキューは禁止という看板が立っている。この東屋は砂浜ではなくちょっと離れた芝生に建っているから、この規制外か?確かにこの綺麗なビーチでみんながバーベキューをしキャンプをしたら、たちどころにゴミで汚れた浜になってしまうだろう。キャンプ・バーベキュー禁止の海岸は多い。ビーチではなく東屋でこじんまりと調理をしテントも張らず寝て、ゴミも全部きれいに持ち帰っているのならいいのか?
今まで寝床はあまり具体的には紹介してこなかったが、それはいつもこのようなグレーの感じがあるからだ。大抵はキャンプ場とかは使わず公園とかでタダで野宿するのだが、他人に迷惑をかけないように綺麗に、立つ鳥後を濁さずでいればOKなのか?大抵、その土地を持っていたり管理している人は、一時利用はOKなのだが、占有利用される事を嫌う。キャンプ場とかで、きちんと対価を支払って利用するのならば問題ないが、ゲリラキャンプ、野良野宿の場合は、やはりコソコソしてしまう。大々的にはできない。そんな感じで毎日コソコソしてるので、なんか旅とかっこよく言ったとしても申し訳ない感が常にある。まぁ言い方を変えれば移動型ホームレスのようなものなので、それも無理はないのだが。
2005/09/09
走行距離13km
積算距離13184km
沖縄県渡嘉敷村→フェリーけらま→沖縄県那覇市
2005年09月09日
不在者投票
請求していた不在者投票用紙が到着した。毎日住所不定なので、今回も郵便局留で受け取った...
局留郵便は那覇で受け取ったのだが、昨日はフェリーの時間も迫っていたので投票できず、投票用紙を持って渡嘉敷島まで来たのであった。
さっそく渡嘉敷島にある渡嘉敷村役場へ。選挙関係は2階が会場らしい。他府県の不在者投票は、選管の人も珍しがって丁寧に手順を追って投票手続きをしてくれる。これで期日までにこの票は届くかな。
今日は渡嘉敷久ビーチへ。白い砂浜が沖まで続いている。珊瑚があまりないので熱帯魚ウヨウヨという感じではないが、白い魚がいる。やはり魚も住む場所によって、白い所に住む魚は白く、カラフルな珊瑚に住む魚はカラフルになるんだなぁ。生きる環境によって、見た目まで変わってしまうんだね。人間も同じだね。
渡嘉敷久ビーチではちょっと刺激が足りないので、そのまま阿波連ビーチへ移動、こちらは珊瑚バリバリの熱帯魚ウヨウヨ。たいそうな装備をしてダイビングに沖に出なくても、こんな近くでこんな綺麗な海と魚に出会える阿波連ビーチは楽園の海。
走行距離10km
積算距離13171km
沖縄県渡嘉敷村
2005年09月08日
渡嘉敷島
台風が去ったので船が動いた。フェリーに乗って慶良間列島は渡嘉敷島へ...
慶良間列島はいくつかの島で形成されているが、渡嘉敷島はその中で一番大きい。那覇から西に約35キロくらいの位置にあり、離島としても意外と近い、フェリーでも1時間ちょっとくらい。その分フェリー代も安いので、お気軽に行く事ができる。
台風明けだからか、フェリーがグワングワンかなり揺れる。乗客はみんな、自分がいつ船酔いするんじゃないかと各人自分自信が心配そう。気分転換にデッキへ出て外の空気を吸う。波はかなり高い、船首にあたって打ち砕け、そのたびに虹が見えるくらい。渡嘉敷島は近いので、那覇の泊港を出発すると、もうその先には島影が見える。島に近づくにつれて、相方が静かになってきたと思ったら船酔いしたらしい、ヨロヨロしながらトイレへ、ゲェー。トイレから出て来た後の話によれば、女子トイレは個室だけでなく洗面器も、吐いてる人で満員だったらしい。男子トイレでは吐いてる人はいなかったけど、女性の方が船酔いしやすいのかな。
渡嘉敷島に到着、さっそくアハレンビーチへ。といっても一山坂を上って越えないと行けない、かなりハード。
シュノーケルで海中探検、珊瑚がたくさん残っていて、熱帯魚のような色とりどりのカラフルな魚がたくさん泳いでいる。人がいても逃げるわけでもなく、逆に近づいてくるくらいね人なつっこさ。ダイソーで買った100円の水中ゴーグルを使っているのだが、水泳で使うタイプの目だけのメガネなので、スノーケルで息を吸うと鼻から水が入ってしまう。慣れるまで鼻をつまみながら息をする。慣れると鼻をつままなくてもうまく息ができるようになる。水はすごく綺麗で、底まで見渡せる。底に何かあると思って潜ってみた。砂にまみれた黒い物体で、サンダルか何かかと思ったら、ダイビング用のような立派な水中メガネだった。これなら鼻もかくれるのでスノーケルでも息がしやすい。目とメガネとの間にも空間があるので、視界も広く水の中もよく見える。
2005/09/07
走行距離16km
積算距離13160km
沖縄県那覇市→フェリーけらま→沖縄県渡嘉敷村
2005年09月07日
台風去った
結局、台風は沖縄本島には直撃しなかった。九州はすごいことになっているようだが...
台風が来たからといって、急いで九州に避難しなくてよかった。
このドミトリーは長期間泊まって那覇市内で働いてる人とかが多いので、各自自分の生活スタイルが出来上がっている人が多い。みんな仲が良くて、かといって近づき過ぎる感もなく、管理人のお母ちゃん達もいい感じで優しくて寛容で、確かに長期で泊まっていても疲れない感じだ。
台風が去ったので、また野宿というかホームレス生活に戻る。明日は晴れるかな?
2005/09/06
走行距離16km
積算距離13144km
沖縄県那覇市
2005年09月06日
台風対策
沖縄の人は台風に慣れている。地震と違って、台風はいつ来るのかの予想が出来るから、それまでに台風対策をした分だけ被害が少なくなる...
公園などの植え込み植物や花壇の花には、いつのまにかネットが被せられていて、土嚢で飛ばないように押さえられている。台風の風で飛ばされたり荒れたりしないようにだと思うが、公共の公園しかり、普通の企業のちょっとした玄関先の植え込みまで、すばやくしっかりと台風対策が施されている。
それに沖縄の人は台風に慣れっこのようで、今回のように沖縄本島を直撃しないような台風の時は、少しくらい風が強くても、普段通りの生活をしている。北国の人がちょっとくらいの雪はなんともないように生活するように、沖縄の人はちょっとした台風には動じない。これが南の方に雪が降ったり、北国にすごい台風が来たりすると慣れていないので、すぐパニック。
みんなそれぞれの地域で、各地の自然の脅威を理解した上で、自然とうまく共存している。
走行距離0km
積算距離13127km
沖縄県那覇市
台風14号
台風14号が沖縄本島に接近...
カトリーナ並に強いのが直撃かと思ったら、沖縄本島はなんかちょっと逸れていっているみたい。相変わらず風は強いが、雨は強く降ったり止んだり、ちょっと迫力に欠ける。もう少し激しい台風を想像してドミトリーに避難したのに、ちょっと残念、まぁ来ないに越したことはないからいいんだけど。
それでも強風によって木々はゆらゆら揺れてます。
2005/09/04
走行距離0km
積算距離13127km
沖縄県那覇市
ドミトリー
台風14号が沖縄本島を直撃するという予想なので...
ドミトリーに避難した。ドミトリーっていうのは、大部屋に二段ベッドとかが所狭しと並べられていて、そのベッドの一つが自分のスペースとして割り当てられる簡易宿のような所。アジアにはよくある。たいていは男子部屋と女子部屋が分かれていて、トイレとかシャワーとかキッチンは共同。
今日泊まるところは「ドミトリー沖縄」という名前そのまんまのところで、一泊1000円。沖縄にもかなりの数のドミトリーがあるみたいだけど、値段は安いほう。平均は1500円くらいかな。大部屋のドミトリーのベッドは1000円だけど、他に個室タイプもあり、個室は一泊2000円くらいかな。このドミトリーには長期の人もかなりいて、週や月で契約すれば一泊当たりの単価は安くなる。なのでアパートを借りたりするよりも安いので、移住するつもりで沖縄に来た人とかがつなぎの宿として使ったり、夏休みの学生が沖縄で遊んだりバイトしたりする時の本拠地になっていたりする。
ただ二段ベッドが並んでいるだけで、一応カーテンはあるが、あまりプライバシーはないので、苦手な人は大変かも。あと人の出入りも多いから、荷物の管理もちょっと気をつけないとね。あと人間関係が大事ね。
今までは公園のベンチで寝てたけど、さすがに台風の時は危ないだろうから、避難。久しぶりに虫のいない部屋でベッドで寝て、他の人のイビキも気にならずに爆睡、かなり強くなったなぁ。
2005/09/03
走行距離0km
積算距離13127km
沖縄県那覇市
2005年09月04日
寝床
寝床にはいつも気を使う...
今日は公園のベンチ。ベンチの上に銀マット
とバスタオルを敷いてその上に寝る。最近は暑くてずっとテントも寝袋も使っていない、ただ単パンTシャツで横になるだけ。ちょっと寒かったり虫が多い時だけ長袖を羽織る。雨が降ったら起きて屋根の下に移動すればいいだけ。ベンチの上は狭くて自然な寝返りは打てないが、床に直に寝るよりはいい。きれいなコンクリートとかだと床に直に寝ても平気だが、やはり虫が気になる。沖縄は案外近くにハブがいるので、山の中では寝ない方がよさそう。
寝てるうちからどんどん風が強くなってくる。そろそろ次の台風が近づいてるんだな。
2005/09/02
走行距離10km
積算距離13127km
沖縄県那覇市
2005年09月02日
不在者投票請求書
次の台風14号が過ぎるまで、あまり身動き取れないのかも...
沖縄県庁の選挙管理委員会に行って不在者投票の用紙を送ってもらうための請求書を請求、無事に入手。
次にこれを選挙人名簿に載っている行政区の選挙管理委員会に送って、不在者投票用紙を送ってもらう。そしてどこその選挙管理委員の前で投票し、それをまた選挙人名簿に載っている行政区の選挙管理委員会に送ってもらう。
はっきり言ってめんどくさい。しかも沖縄だと台風とかで郵便が遅れたとかしたら、投票日に間に合わない可能性あり。もっと簡単な手続きにならないのかな。
っていうかもう九月かよ!
2005/09/01
走行距離7km
積算距離13117km
沖縄県那覇市
タコライス
沖縄にはタコライス
を出しているお店が多い。タコライスとはタコスの具をライスにのせたもので...
このタコライスは吉野家のもの、全国でも沖縄の吉野家だけ、牛丼や豚丼の他に、タコライスも扱っている。挽き肉、レタス、チーズにサルサソース、お好みでハバネロソースやタバスコで辛くする。
台風13号の影響は次第に弱くなり、ちょっと風が強いくらい。しかし船とか動いてない。14号は沖縄本島直撃しそうだし、さぁ困ったなぁ。
最近はクールビズとかでネクタイをしないビジネススタイルが流行っているようだが、沖縄では昔からクールビズ。ネクタイを締めている人はほとんどいない、ネクタイだけ外したスーツのようなクールビズスタイルではなく、かりゆしウェア、沖縄版アロハみたいなもの。ビジネスマンもイオンの店員も役所の人も一般人も選挙ポスターもかりゆしウェア。紫外線が強いため、地元の人は長袖着用率も高い、ノースリーブやタンクトップを着ているのは国際通りにいるような観光客だけ。地元の若者は漢字Tシャツを着ている人も多い、一時期、海人という漢字Tシャツが流行ったが、その流れなのか、いろんな(変な)言葉がプリントされたのが多い、高額納税者とか酒多飲人とか見ているこっちが恥ずかしくなるものもある。外国人が意味も知らずに漢字やひらがなのデザイン性でそういうTシャツやタトゥーをしている場合があるが、日本人なら漢字の意味は良く知っているのだから、良く選んで着た方がいいと思うよ。そう言えば、オリオンビアフェスタ
のスタッフTシャツは「麦人」って書いてあったなぁ。
那覇市まで戻ってきた、これで沖縄本島一周完了かな。
2005/08/31
走行距離16km
積算距離13109km
沖縄県糸満市→国道331号→沖縄県那覇市
2005年08月31日
台風すごい
昨日は走る気ゼロだったが、今日は回復、走り出す。沖縄もいよいよ後半、南の方をぐるっと回る...
取り付けたサイクルメーター
も順調。しかし風はやたら強い。常に向かい風、体の余計な所に力が入って肩が凝る。
なになに台風が接近してるらしいじゃないか。ラジオと携帯で情報確認、こちらに向かっているのね、とかしてるうちに台風が本格的になってくる。
台風による雨はないのだが、とにかく風が強い。街路樹の枝とかサトウキビとか倒れてる。いろんな物が飛ばされている。何とか自転車を漕いで前進。同時に寝場所も探しながら走るがなかなかいいところない。そのうちスコールによる雨と台風の風が同期した。ものすごい嵐、あたり真っ白。なんとか屋根を見つけて横から吹き付ける雨に耐える。そのうち雨だけ止む。依然として風は強い。
平和記念公園もひめゆりの塔とかも、風を遮断できるような構造物なし。なので今回はあっさりスルー、ちょっと見ただけ。特に平和記念公園とかは海の側なので風すごい、飛ばされそう。それよりも自分の安全を確保しないと。雨はたまに降るくらいなので、風だけ防げれば大丈夫かもしれないが、そんな場所も無さ気。運動公園とかも見たが構造物がスカスカ。今夜が山らしいので、宿を確保する方向で。
ということで、今夜はホテル・トリトン。基本的に誰とも会わないように出来てるからいいけど、自転車で入るのは格好悪いなぁ。部屋のボタンを押して入室。余分に広い洗い場で泡泡、余計に広い泡風呂ジャグジー、余程スプリングの効いたベッドでゆっくりぐっすり寝る。今夜は棒風雨。
2005/08/30
走行距離75km
積算距離13092km
沖縄県沖縄市コザ→国道329号線→国道331号線→沖縄県糸満市
祭り疲れ
祭りの疲れか、朝は遅く起き、昼を過ぎても二人とも走る気配なし...
今朝は無くなってるものはなかった。起きてもダルい、昨日の酒も少し残っている。酔っ払っていたのか、カチャーシーとか花火とか、祭りの終盤の方の記憶が薄い...
なんとなくお互いに走り出す気配なし。公園も人がいなくなって片付いてきたし、今日もここに寝ようということに。
今日はサイクルメーター
が動かなくなっていた。あまり活用してない相方の方から私の方へ移植する。
2005/08/29
走行距離?km
積算距離13017km
沖縄県沖縄市コザ
カチャーシー
今日は沖縄全島エイサーまつり&ORION BEER FESTA 2005の最終日...
昨夜は結局隣に小さな公園を見つけたので、そこの東屋に寝る。回りは酔っ払いが数名いるようだが、ここなら大丈夫だと思う。もう歩道に倒れるように寝ちゃっている酔っ払いもいるし、と思って寝たら、朝起きたら僕が使っている自転車のヘルメットが無くなっていた。他の荷物や貴重品は大丈夫だったので安心。その代わり近くに、無くなったのとは別の自転車用の青いヘルメットが落ちていた。ちょっと壊れているが十分使えそう。寝てる間に誰かが交換していったのかな?まぁいいやこれを使おう。
今日もエイサーを見たりビール
飲んだり。先日お世話になったツグさんとも再会。オリオンビアフェスタのステージ、最後のトリはMAX。ナナとかミーナとか(?)、そう地元沖縄あのMAX、懐かしい。テレビ見てないからわからないけど、MAXがオリオンビールのCMをやってるのかな。それにしてもすごい人だ。
エイサー祭りの最後はみんなでカチャーシーで盛り上がる。カチャーシーっていうのは、あの手をクネクネひらひら動かすやつね。エイサー祭りに出演した人達も、ただビール飲んでいた人達も、みんな酔っ払いなので異様にハイテンション、最後は花火。
2005/08/28
走行距離8km
積算距離13017km
沖縄県沖縄市コザ
水力発電
ビアフェスタのトイレ。みんなひたすら呑んで出し、呑んで出し。雨戸井のような一本レールで、みんなのものがどんどん横に流れていく。端に水車でも置いたら発電できそう。この酔っ払いのエネルギー、ただ騒ぐのに使うだけでは勿体ない、MOTTAINAI。
2005年08月29日
沖縄全島エイサーまつり
もう道は町の中を走る、不安な事はない。それにしても暑い。コザでは沖縄全島エイサー祭りが行われている...
沖縄各地に伝わるエイサーが一堂に会す。各集落によって踊りや歌が違う。趣向を凝らして盛り上げるようなエイサーから、代々伝統を固く守っているようなものまで様々。
エイサー祭りは陸上競技場でやっているが、隣の野球グランドではORION BEER FESTA 2005、超巨大ビアガーデンとなっている。エイサーも魅力的だが、こちらも魅力的。コンビニで買うよりも安い価格でオリオンビール
が飲める。
ここコザの隣は嘉手納基地、会場内はうちなんちゅう7割、ないちゃー1割、米国人2割な感じ。みんな飲み終わったカップをピラミッドのように積み上げて、ガンガン飲んでいる。ステージではちょっとしたライブ。今日は雨が降ったりしたのでグランドもぬかるんでいて、飲む側も披露する側も環境としては良くない。それでもみんな飲む呑む。膨大な量のビールが消費されていく。負けずに僕も呑む飲む。
屋台をひやかしたり、エイサーを見たり、最後は花火。熱くて暑い夜が更けていく。若い米兵は相変わらずナンパしまくり。
さて今日はどこに寝ようか。いつもならここのような運動公園は絶好の寝床になるのだが、今日は祭り、屋台や散らかったゴミで寝れる隙がない。おまけに大量の酔っ払いに大量の警察官、これから移動するのも面倒だし、さぁどうしよう。
2005/08/27
走行距離37km
積算距離13009km
沖縄県宜野座村→国道329号→沖縄県沖縄市コザ
2005年08月28日
ぎんばる食堂
野菜そば大@ぎんばる食堂。基本の沖縄そば
にラフテー
やソーキ
ではなく、野菜炒めをのせたもの、盛がやたら多い。沖縄そば版二郎みたいな感じ。大きさは大小があるが、たぶん、大はそば三玉、小でもそば二玉は入っている。運ばれてくるうちからこぼれてる。食べやすいように一時避難用の小椀がついてくる。
良くあるさっぱりとした沖縄そばに対し、こういうおかず乗せおなかいっぱい系もおいしいね。それにしても沖縄は暑いのに、冷やし系やつけ麺系はまだ見てないなぁ。暑いんだし、このそばとスープなら冷やしてもいいと思うんだけどなぁ。
頭を氷で冷やす
昨夜はツグさんのギターとマリちゃんの歌のセッション、音楽がいいとさらに泡盛もうまい。僕は音楽はできないので、料理。ナイチャーが作る車フ
とナーベラー(へちま)
のチャンプルーを作ってみた。島豆腐
が入っていないのでチャンプルーではなくタシヤーというのかな...
ツグさんの工房と作品を見せてもらって、お土産に瓜みたいに長いカボチャと飼っている鶏が生んだ卵を頂く。旅は出会いと別れ、そろそろ出発だ。
何度も言うが、北部の東側は坂。そして暑い。昨日もかなり走ったが、今日も頑張らないと進まない。水は既に何リットルも飲んでいるが、暑くてぼーっとする。変速を変えようとしてるのに、間違えてベル鳴らしてたり、頭が変になっている。途中の木陰で昨日買った田中さんが作っているパイナップル
をナイフで切ってむしゃぶりつく。すごくジューシー、切ってるだけでジュースが飛び散る。手や口の回りをベトベトにしながら頬張る。フルーツはかなりの回復力、元気が出る。
途中でヤクルト配達のおばちゃん(いや、お姉さん)が袋に入った保冷用の氷をくれた。しかもヤクルト400とヨーグルトまでいただく。氷を首の後ろに当てたり頭に乗せたり体を冷やす。ヤクルト菌すごい、さすがLカゼイシロタ株、疲れだけでなく腸内環境まで回復。
辺野古まで来ると道は比較的なだらかになり、家も増える。辺野古の沖にはジュゴンがいるという。そこに普天間基地代替施設の建設が計画されている。テント村というのがあり、座りこみで抗議行動をしている。今日も何人かの人たちがテントの中にいた。一通り話を聞く。今日は雷注意報が発令されているとかで、作業はなかったみたいだが、普段の平日は基地建設のための海洋調査が行われている。テント村の人達は座っているだけでなく、その工事のやぐらに船で乗り込んで工事の進行を阻止(妨害?)したりもしているはず。その様子は以前にテレビの報道で見たことがある。テントの中にいる人はグリーンピースとかの人だろうか、ピースマークのペンダントをしていたりする。テント内にもペンダントがたくさんぶら下がっていたりする。専属でここに張り付いている人もいるみたいで、かなりの抗議行動をしているように見える。
しかし、どうやら地元の人達はそうでもないようにも見える。集落の真ん中には代替施設推進派の議員さん(?)の衆議院選挙対策事務所小屋みたいなのが立っている。辺野古からちょっと離れた道路脇には反対看板などが立っているが、集落の真ん中には反対看板とかはない。多分、地元の人は大声で反対と言えない、言い出せない状況なのかもしれない。そして今度の選挙でも、この土地からは、その推進派の人が当選するのかもしれない。沖縄は田舎だ、変な意味ではなく、地元の人々の繋がりが強くお互いに顔見知りで、血縁関係も強いだろう。その中で勇気を持って反対と言い出すのは難しい状況になっているように見える。目の前には漁港があって船が泊まっているのだが、魚の匂いがしない、魚を獲っている船ではないようだ。いや、この船たちも昔は魚を追っていたのかもしれない。しかし今は作業船という看板をかかげ、基地建設作業の手伝いをしている船が多いようだ。話によると、作業船として船を出すと、日当5〜8万円くらいが出るらしい。魚を追ってるより
ずっと安定して稼げるだろう。
基地が出来たら地元に下りるお金も増えるかもしれない。このあたりはキャンプシュワブがあり、街の裏通りには米兵を相手にするバーなどが立ち並んでいる。しかし、それもベトナム戦争時代の話、今は多くの店はシャッターを下ろして閑散としている。新しい基地が出来たら特需が生まれ街が潤うのだろうか、誰が儲けるのだろうか。基地土地使用料みたいなのも地権者には魅力的な話だろう。
この構図は日本どこでも見られた。敦賀の原子力発電も、青森の再処理施設も、規模は違えど各地の産廃処理施設や火葬場建設でも、反対と賛成、地元はお金で懐柔され、お金を得てリスクを負う。または強行的に進められ権力と法律に反えない。そして大抵は地権者のような地主は権力も持っていたりして、マッチポンプでさらに儲けたりする。民主主義でそれに対抗できる手段は選挙なのに、選挙行かなかったりもする。
昔にやった住民投票では反対多数だったらしい。この座り込みも、最初は地元のおばぁ達が始めたらしいが、しかし今は地元の人はあまり参加していないように見える。その代わり、都会から来た若いボランティアがやっている。地元の人たちは座り込みができなくなったのか、止めたのだろう。都会から来た若いボランティアと地元の若者とは、あまり仲が良くないともいう。僕たちがテント村に入った時も、地元の人達の視線を強く感じる気がした。あいつはどっち派なのか、地元に住んでいても、ただ観光で訪れていても、活動しに来ていても、どこからかそんな視線が飛び交っているように見える。現在の地元の意見が推進なのに、他所から来たボランティアが強く反対している。もちろん地元で強く反対しているおじぃおばぁもいる。
すごく難しい。中越地震のボランティアの時でもそうだが、多くのボランティアは外から来た人だ。地元の意見や考えを良く聞かずに活発に活動するのが得意なボランティアがイニシアチブを取ってしまうと、いずれ地元との間に溝が生まれる。地元の当事者同士でも難しい問題なのに、外からの人が口を出すとさらにややこしい。
宿無いならテントに泊まってってもいいよとも言われたが、まだいろいろと見たり聞いたり考えたりしないと、私の立場は表せない。とかいう事を考えたりしながら辺野古を後にする。
宜野座村まで来ると久しぶりのコンビニHOTスパー、寝床を探しにグルグル回る。野球場前の売店でちょっと休憩、練習を終えた球児のダベり場にもなっているようだ。公園の場所を教えてもらう。そしてチキンチーズカツの差し入れ、感謝。なんか今日はいろいろと頂く日だなぁ、感謝。
沖縄のお墓は特徴的だ。コンクリートで出来た家のような、お城のような、古墳のような、祠のような、屋根みたいなのがあったりで、かなり大きなもの。これに長男を始めとして、家族や血族までみんな入るらしい。仏壇(?)に置く位牌も、何人も一緒に木に買いた名前を並べられるように大きなものだ。今日、そばを食べた食堂で読んだ琉球新聞の死亡欄にも、それが顕れているように見える。告別式の公示なのだが、日時場所、喪主名だけの情報ではなく、その親族の人々の名前が、喪主の長男の名前とその会社名から始まって、義理の姉やその子供の名前まで、多い人では30人くらい、葬儀を上げる側の名前が並べられている。たぶんここに一緒に名前が並んでいる人たちは、その亡くなった人と同じお墓に入るのだろう、みんなが一緒に入れるように、沖縄のお墓はかなり大きい家みたいになっている。その墓地の駐車場に東屋があってちょうどよいので、ここに寝ることにしよう。今日は星がきれいだ。東屋の屋根の下でなく、駐車場のアスファルトに直接マットを敷いて横に
なってみる。雨が降ったら東屋に避難すればいい。満点の星空、天の川が見える。そのまま星を見ながらいつのまにか寝る。
2005/08/26
走行距離64km
積算距離12972km
沖縄県東村高江→県道70号→国道331号→辺野古→国道329号→沖縄県宜野座村
2005年08月27日
辺戸岬
いよいよヤンバルへ。沖縄本島の先端は辺戸岬、断崖上から海を見下ろす。透明な海の中に見えるのは珊瑚かな...
ヤンバルは山。山というよりも波打っている地形を上ったり下ったりしながら走り抜けていく。荷物満載の自転車ではかなり大変。しかも暑い、暑い、暑い。しばらくは民家とか集落なし、コンビニなんてもってのほか、共同売店も少なく補給なし。道路には車にひかれた蛇がよくある、たぶんハブ。
見た限り、今日ヤンバルを自転車で走っているのは昨日一緒に泊まった東京からのママチャリダー、他に糸満市から来たといううちなんちゅう男二人ママチャリダー、それに逆回りで走っている外国人サイクリストに遭遇、ヤンバルは沖縄地元でトライアスロンをやっている人たちの練習コースでもあるみたい。
今日はどこで寝るのか、どこまで走るのかが問題。山の中の道路なので野宿する場所とか無い、野宿ではハブも心配。走るだけなら暗くなっても走り続ければ街に着く、そうずっと走っていれば360キロでも走ることができるが、無難な所で自転車を降りることも大事。
ヤンバルの東海岸の東村や国頭村はパイナップル畑
が広がっている。パイナップルの実っているところを見たことあるだろうか?果実としてヘチマのように垂れ下がっているのではなく、椰子のような木の頂上にトゲトゲの葉の方を上にしてポコンと一つ実る。
何とか東村の集落まで走る。沖縄本島の北側には集落ごとに共同売店というのがあり、生活用品を売っている。東村の共同売店でパイナップルが売っていたので購入、大きさにもよるが一つ100円くらい。そこで休憩していたら地元の人も仕事が終わったのか、続々と集まってきて、みんなビールを呑みだす、仕事の後の一杯、共同売店は情報交換や親睦の場ともなっている。僕たちも仕事、いやいやヤンバル走りの後の一杯、うまいうまい。パイナップル農園では学生の農業体験やボランティアバイトのようなのも受け入れているらしく、福岡から働きに来たという若いマリちゃんと相方が意気投合、お互いに久しぶりに若い女の子同士会ったとか、お互いに若い女の子との会話に飢えていたとかでキャピキャピ話。私も含めヲヤジ組は呑み。この集落で木工をしているツグさんの家に泊めていただける事に、感謝。
ヤンバル、ヤンバル、ヤンバル。海も人も星もきれいだ。
2005/08/25
走行距離69km
積算距離12908km
沖縄県国頭村→辺戸岬→ヤンバル→沖縄県東村
2005年08月26日
埋め立て
名護市は昔に参加したことのあるツール・ド・おきなわのスタート地点、懐かしい...
ロードな自転車に乗り始めて間もない頃、何となく応募したのがツールド沖縄の本島一周サイクリングコース。沖縄をぐるっと一泊二日で回る大会。あの頃は自転車も乗り始めた頃だったので何もわからず、ただただ前の人に付いて走って、いつの間にか沖縄一周していた感じだったが、今回はもっとゆっくりの走り、いろいろ見えてくる。僕は二度目の沖縄一周なので、昔の記憶が少しずつ蘇ってきたりで感慨深げ。一度走ったコースは何となく覚えているものだ。名護から辺戸岬まではずっと海の側を走る、ツールド沖縄の時は風が強く、打ち付けられた波を被りながら濡れて走ったような記憶がある。そのためだろうか、その辺りの海岸には昔の記憶には無い埋め立て地が出来ている。何台ものトラックが列をなし、何往復も砂利を運び、海に流し入れている。きれいな海がどんどん埋まる。
沖縄に来る時のフェリーで一緒だったママチャリダーと遭遇、僕たちと同じように、これから北の方を回るらしい。かなりの坂が待ち受けているのだけど、まぁママチャリで走れないこともないはず。どんな自転車でも漕がないと進まない、大変なら降りて押せばOK。
2005/08/24
走行距離35km
積算距離12839km
沖縄県名護市→国道58号→沖縄県国頭村
2005年08月24日
夏の沖縄
相変わらず積乱雲によりスコールのような雨が降る...
家々の門の上にはシーサー
が置かれている。その下の方には石敢當
が埋め込まれている。どちらも魔よけの意味合いが強いが、沖縄にはそんなに魔物がいるのかな?
道の駅のちょっとしたスペースではエイサーの踊りの練習を子供達がしている。太鼓のリズムがいい。今日も一日中、雲が行ったり来たり。
2005/08/23
走行距離58km
積算距離12803km
沖縄県北谷町→国道58号→沖縄県名護市
2005年08月23日
旅の安全祈願
首里城へ。首里城公園にあるこの石の扉みたいなものは昔から琉球の王様が旅に出るときにお祈りした場所だとか...
今でも地元の人たちの信仰の場になっているようで、今朝もおじぃやおばぁがこの前に座って拝んでいた。この門の後ろには草木が茂っているだく、なぜこの場所がこの扉が信仰の対象になったのだろう?僕たちも旅の安全を祈願、旅も残り半分。日本一周は3/4が終わったことになる。
強いスコールが何回もあるのでなかなか前に進まず、今日は北谷(ちゃたん)まで。日本各地の本屋にはその各土地についての書籍コーナーがあっていろいろ勉強できるのだが、沖縄に関する本はかなり豊富だ。沖縄の歴史や祭や歌の文化研究、うまいそば屋本から移住マニュアル、戦争記録や基地問題まで、沖縄に関する本がずらっと並んでいて、地域について書かれた本の数としては圧倒的に多い。
2005/08/22
走行距離24km
積算距離12745km
沖縄県那覇市→国道58号→沖縄県北谷町
2005年08月22日
沖縄そば
自転車をそこらへんに停めて国際通りや市場とか。市内中心部は都会なので荷物自転車では逆に不便、歩いての市内中心部散策...
相方は初めての沖縄なのでかなり興奮して期待過剰気味、今日の私は相方に全権を任せ、行きたいという所に着いていくだけ。昼には沖縄そば、ぶくぶく茶。市場はあいにくの休み、国際通りを行ったり来たり。人が多くて疲れるが、小言は厳禁、ついていく。夜は民謡酒場みたいな所に行きたいらしい、ついていく。一通り、チャンプルーとか豆腐よう
とかテビチ
とか注文、私は相変わらず泡盛を呑んでいる。三線
と太鼓と歌のショー、お客さんは僕たちを含めて三組しかいないので自然と距離が近い、一番若かった僕達がステージ上へ、沖縄民謡を歌ったり、カチャーシー(?)を踊ったり、出番が多いのでなかなか呑んでる暇がない。
2005/08/21
走行距離15km
積算距離12721km
沖縄県那覇市内
さんぴん&オリオン
クイーンコーラル号は鹿児島港から那覇港までの航路であるが、直通ではなく、その途中にある島々に寄り、貨物や車輌、もちろん人も載せたり降ろしたりしながら進んでいく。島の暮らしにはなくてはならない輸送船だ...
今回の旅も2等客席での雑魚寝部屋なのだが、その大部屋の中でもエリアが別れていて面白い。最初の寄港地、島に朝5時過ぎに到着するのだが、まずそこで下船する人達のエリアがある。そのエリアの人達は早起きし、まだ暗いうちから下船の準備をゴソゴソする。他の人たちをできるだけ起こさないように、一つのシマに固まっている。
次は独身男性エリア、いや独身かどうかは関係ないが、男性が単独で乗船した人達が集められているエリア。たいていは男一人旅のような人が多く、僕が一人で北海道へフェリーで行った時もこのエリアにカテゴライズされた。隣の旅仲間と仲良くなったりすると、乾杯したり連絡先を交換したり。
このような座席(寝場所)は乗船カードを提出した時にフェリー会社の窓口の人が割り振りするのだが、今までの旅なら、僕もこの男エリアに席指定されていた。しかし今回は違う。彼女と二人旅なので、今回の席はファミリーエリアに指定された。
周りでは小さな子どもたちがゲームボーイとかに夢中、飽きると走り回ったりゴロゴロ転がったり、足を踏まれること数回。
那覇港到着、さっそくさんぴん茶
とオリオンビール
で乾杯。オリオンビールと言ったら白地に赤青かと思ったら、最近はオリオンビールにも発泡酒
とかその他の雑酒とかあるのか。
2005/08/20
走行距離4km
積算距離12706km
マリックスライン・クイーンコーラル号→沖縄県那覇市