2005年11月19日
深夜の銀座4丁目交差点
箱根の峠を越え、正月に駅伝で走るコースを慎重に下ってきた...
やはり下界に下りてくると暖かい。箱根は観光客が多くて自家用車のみならずバスの交通量も多いから、自転車で走るには気が疲れる。箱根を下ったら、もうその先は横浜だ。暗くなったが小休止を挟みながら淡々と走る。もう100キロは走っただろうか。腕も首も痛くなってきた。しかし事故にだけは気をつけて淡々と走る。もう走ってしまえば終わるのだ。疲れてきて気持ちも萎えてきているので、どこかホテルにでも泊まって休もうかとも思うが、いやいや走ろうとも思う。
横浜のランドマークタワーのあたりを通り過ぎる時に、自転車の人に声をかけられた。この先の国道沿いは歩道が無くなって、一部地下トンネルになるので、このままでは自転車で通れないらしい。歩道橋を行けばいいけど、その荷物だと大変だろうから、道案内してあげる。ということで、その自転車の方が前を走ってくれて、複雑な横浜の駅前を難なく通過。海のほうから大回りしないといけないのね。道案内サンキューです。
深夜の都内は人が少ないので、意外と走りやすい。逆にこれが人で溢れかえる昼間だったら、もっともっと時間がかかるだろうし、気疲れで大変だっただろう。都内は夜中に通過するに限るね。
そして深夜1時頃、銀座4丁目交差点。酔っ払いがたくさんいる。ささっと通過。さぁあと少しでゴール。日の出前くらいにはゴールかな。
2004年06月01日
二重橋
皇居は二重橋の前。永田町の首相官邸付近の警備はいつも物騒ですごいけど、皇居の警備は手薄だね。外に見せないようにしてるのかもしれないけど、門番が二人いるだけだ。しかも道を尋ねると親切に教えてくれるし、隙だらけな感じがする。
渋谷駅前を爆走
国道246号線を都内に向けて走る。横浜側から多摩川を渡って東京都へ再突入。二子玉川、用賀、駒沢、三軒茶屋、池尻ときて、この246号線は渋谷を通る。いままでは狭くとも出来るだけ歩道を走っていたけど、渋谷周辺は人が多すぎて歩道を走れる状況じゃないので車道を走る。渋谷は「谷」だから坂も多い、車も何かわかんないけど高級車が多くてこすりたくないし、フル装備で銀マットとテントを積んだ自転車で、さらに日焼けしたきたない格好では視線も痛い。出来るだけ早く通り抜けたくて、渋谷駅前を爆走する。たぶんみんなには見えないくらい速かったと思う。
2004年05月30日
松姫峠
柳沢峠から塩山市、勝沼町を抜けて、走る人は笹子峠を上る。Dチームは途中の道の駅で休憩。勝沼ワインの試飲があったのでとりあえず全種類を試飲。確かに勝沼町を走っているとぶどう畑が辺り一面に広がっている。松姫峠の頂上。標高1250メールくらいかな?
この後みんな無事にゴール。解散後はまた昨日寝たとこに行って夕飯も作らずすぐに寝る。
59日目 奥多摩湖→柳沢峠→小菅→大月→松姫峠→奥多摩湖
走行距離141km
積算距離4567km
2004年05月29日
奥多摩の夜
明日はTEAM GIROの地獄の奥多摩ツーリングの予定。ここからほんの少し下ったとこの駐車場が明朝の集合場所。天気が心配だけど今夜は月も星も出ているのでまぁ大丈夫でしょう。奥多摩の夜は真っ暗。聞こえるのはダムから流れ出る多摩川の音と鳥のさえずり、葉の落ちる音と虫の鳴き声。ガサッていう音がするとビクッとする。ラジオを付けると「まきしんじ」(←漢字分からず)のウクレレ漫談が始まった。あーあやんなっちゃうな、あーあぁおどろいた♪
と思ったら夜中は車やバイクで峠を走ってタイヤをキュルキュルさせてる人達がたくさん来た。ここはダムを渡った向こう側なので大丈夫だと思う。
58日目 青梅市→奥多摩湖
走行距離30.6km
積算距離4426Kkm
小河内貯水池のしおり
小河内貯水池は、戦前に工事を開始し、戦争による工事の中断もあって、完成までには二十年という長い年月を費やしました。
完成までの経過をかえりみますと、昭和七年、多摩川のこの地点にダムを築き、その貯留水を東京の水道水源にしようとする計画が、当時の東京市会で決定されたねです。
そのころ東京市の発展はめざましく、市民の水道使用量は、年々増加していましたので、大東京実現のために、欠くことのできない水道の基本計画として打ち立てられたものです。
この計画によって、旧小河内村(現在の奥多摩町の一部)の大部分と丹波山村、小菅村の一部が湖底に沈むこととなったため、村民への移転保証が最大の問題となりました。しかし、小河内村村長であった小沢市平氏の大英断によって、関係村民のご理解が得られ、また、ダム建造にともなう水利その他の問題についても、国および神奈川、山梨両県並びに東京電力株式会社の深いご理解とご協力によって、それぞれかならの日時を費やしましたが解決し、昭和十一年七月に政府の事業認可が得られ、昭和十三年十一月から本格的工事に着手しました。
しかし、そのころは戦時中でもあり、人員や資材の調達に極めて苦しみながら、でき得る限り工事を進めてきましたが、戦争はますます激化するばかりで、ついに昭和十八年十月、やむなく工事を一時中止することになりました。
戦後、東京都の復興と人口の急増に、小河内貯水池建設工事の再開は欠かせないものとなりました。昭和二十三年四月、東京都議会で事業再開が決定され、同年九月には建設工事を再開しました。
再開後は、戦後のきびしい国内経済情勢下にあって、資材やとくに資金の調達に苦しみながら工事は昼夜兼行で続けられ、ダム工事のほとんどを終えた昭和三十二年六月には貯水を開始し、同年十一月、小河内貯水池の全工事が完成をみたのです。
小河内貯水池の建設工事は、八十七名もの尊い犠牲者を出したほどの難工事であり、技術開発や資金調達などにも数多くの難関がありましたが、初代の小野基樹建設事務所長、二代の佐藤志郎所長以下関係職員が、情熱と英知を傾けて克服したものであります。
この貯水池は、日量約四十二万立方メートルの新たな利水をはかる目的で建設したものですが、今日では本来的な役割のほかに、夏の水需要期や利根川の渇水時に原水の補給能力をいっそう高めるため、小河内ダムの放流施設が増強されましたので、多摩川と利根川の相互融通がはかられて、安定供給のきめ手となる重要な役割を果たしています。
小河内貯水池竣工二十五周年にあたり、地元村民ならびに建設に関与された方々に、深い敬意と感謝の意を表するとともに、殉職されました方々のご冥福を心からお祈り申し上げます。
昭和五十七年十一月 東京都水道局
多摩川の始まり
小河内ダムの上から多摩川の始まりを見る。多摩川の本流ははここから始まっている。この奥多摩湖に貯まった雨水や森林が蓄えた地下水がここから流される。源流を辿ると、もっと山奥の一滴の湧き水だったりするのかな。
奥多摩湖
奥多摩湖に到着。青梅市から30キロほど。後半はかなりの上り。荷物フル装備の自転車(自転車+荷物+体重=100キロ以上)で山を走るのは久しぶりなので大変。トンネルも歩道が無くて狭く、峠を走りたい車やバイクもたくさん走ってる。携帯のGPSで標高を測ったら580メートルと出た。昨日は東京湾の0メートルにいたけど、多摩川と共に580メートル上ってきた。
穴あきパンク
走り出して1キロも行かないうちにプシューって音を出しながらパンク。パッチを貼って直す。空気を入れてたら高圧に耐えられなかったのか、空気入れのパッキンが飛び出てきて、スカスカになってしまった。
2004年05月28日
57日目 東京都平和島→東京都青梅市
東京都平和島→羽田→多摩川河口→多摩川サイクリングロード→調布市→多摩市→国立市→福生市→青梅市
今日のスタートは多摩川河口。多摩川に沿って北上しようと思う。川岸にサイクリングロードが併走されていて走りやすい。埋め立て地から自然の中へ走って行く。下流はまったり、中流からは自然が残っているような気がする。というか、下流は川が自然の力を発揮する余地がないくらいに押さえ込まれてコントロールされているような気がする。中流は少しだけ川も自由にできる感じで、流れたくない場所は避けて流れる事ができそう。
青梅市は旧青梅街道と新青梅街道によって分かれていて、中央線は旧青梅街道の流れにある。新青梅街道はその下界にあって、上集落と下集落が急な坂でつながっているので、自転車で集落を行き来するのは大変だ。大型店は新青梅街道の下集落にある。そこで買い物をして坂を上り一番高い運動場みたいな所に来た。ナイターでグランドゴルフみたいなのをしている。
今日もサイクルコンピューターが調子が悪いので正確な距離が出ない。なので新調した。
走行距離83km
積算距離4395km
メーター故障により正確な距離分からず
河口から50km
多摩川の河口から50km地点。ちょうど中央線と多摩川が交わる所あたり。相変わらず自転車メーターの調子が悪いので、多摩川沿いにあった、良く自転車雑誌に出てくるY'sバイクパークという自転車屋で相談したら、俗に言う「飛んだ」とかいう症状で、今使っているキャットアイのコードレスのサイクルメーターの初期の物ではたまに発生するらしい。サービスセンターに送れば交換してくれるらしい。今すぐ代わりのが欲しいので、シグマスポーツのBC800っていうのにリニューアルした。これはコード有りの物で、線が切れてしまったらオプション品を追加すればコードレスとしても使えるようになるらしい。
東京湾の島々
東京湾には埋め立てで出来た島がたくさんある。それぞれが橋でつながっていて、羽田空港や大井埠頭などに到着した物資の物流の拠点になっている。それぞれの建物の中がどうなってるのか分からないけど、この地区の島々は倉庫屋、トラック屋、冷凍屋、仕訳屋、ガソリンスタンドと公園で出来ている。
2004年05月27日
56日目 千葉市〜東京都平和島
千葉市〜国道14号〜国道357号〜湾岸道〜お台場〜芝浦〜東京都平和島
自宅を出発。東京湾をぐるっと回るように湾岸道を走る。トラックとか多い。排気ガスが息苦しい。ずっと歩道を走るのだけど、ガラス片とか多い。
今日走ったのは全部埋め立て地だから、全て人間が作り出したものなんだね。
湾岸には大きい公園がたくさんある。平和島は貨物倉庫ばかりでトラックやトレーラーばかり走ってる。お台場は閉ざされた自転車地区。
走行距離49km
積算距離4312km
今日はもっと走ってると思うけどメーターの調子が悪いのかうまく測距できなかったみたい。
大井競馬場
大井競馬場前を通る。今日は競馬は開催してないみたいなので道路もすいている。競馬は何回かやったことあるけど、自分で選べるから面白いね。パチンコとか宝くじとかは自分で決める要素が少なくて運を機械や天に任せるっていう感じかな。でもパチンコとかパチスロは毎日同じ店に通っていれば勝てるかも。僕も昔は良くやったけど、毎日打てば、打たなくても毎日閉店間際に島のデータをとったりすれば、その島の流れとか読んだり出来るようになったりする。設定判別打ちとかすると、自分がどんな台に座っているかが分かるから、出る台(スロは設定6、パチは設定1だったかな)は機械割110%とかなら何時間もやればそれだけ出る確率が高いと思う。ただ、パチは回転数とか釘とか、スロは目押しとかリプレイ外しとかやらないと、開店から閉店まで打っていてもなかなか難しいかもね。労力に対する対価で考えたら普通に働いた方がいいと思う。
レインボーブリッジは自転車不可
お台場を自転車で回った後、昭和島の方に抜けようと思ったら、どこも自転車は通行禁止らしい。向こうに抜ける地下トンネルも、レインボーブリッジも自転車は通行禁止。輪行できる荷物の量でもないし、そもそも「ゆりかもめ」は輪行OKなのかな?結局は東雲の晴海街道で築地まで戻らなければならず、かなり遠回りになってしまった。お台場に住んでいる人はお台場内でしか自転車に乗らないのかな。かなり不便な場所だね。
お台場観覧車
こっちはお台場の観覧車。葛西臨海公園とどっちが高いのかな?日除けかカップル向けか、観覧車の窓にブラインドがあるのは横浜だっけ?お台場は自転車で回った感じでは、開発のスピードはかなり遅くなっていて、いまだに工事してる所は沢山あるけど、数年前から見た目は変わって無いようにも見える。