2004年06月21日
2004年06月20日
満天の星空
今日は雨だった。夜トイレに行こうと思ったら空が晴れていて満天の星空が広がっていた。星がありすぎて星座が分からないくらい。あれは雲かな天の川かな。口をあけてぼーっと星空を見上げていた。どこかで星の本を手に入れて星も覚えよう。外では狼だろうか、遠吠えをしている獣の声がする。ほーほーと鳴いているのはフクロウだろうか。夜だから起きてきたのかな。明日は晴れるといいな。
霧が晴れた、雨が上がった
夕方になって、霧が晴れて雨が上がった。しかしもう走る気なし。今日はここに連泊しよう。
小雨になると鳥が鳴き空を飛び交う。雨が強くなると鳥は鳴き止んで雨宿りに森へ帰る。
小雨になると道路を走るトラックの音、雨が強くなると雨が地面をたたく音。
一日中、ぼーっと雨を見ている。ぼーっと雨を見ている。
あの鳥の声は何だろう。よく聞く声、そう、FAXを受信した時に鳴る音。あの受信完了の通知音と同じ鳴き声。
走行距離0km
積算距離5719km
外は霧、雨が止まない
今日は朝からずっと雨降りだ。昨日テントを張った「道の駅たのはた」に付設する公園の濡れない所で、本を読んだりラジオを聞いたり、鳥の声や雨の音を聞いたりして過ごす。外は霧で向こうが見えないくらい。雨も止む様子はない。
2004年06月19日
思惟大橋
昨日は親戚の旅館にお世話になった。夕食も朝食もお腹いっぱい。ついでに洗濯もさせてもらう。おじさんが宮古市内観光をしてくれるとのこと。軽トラの荷台に自転車を載せてけというので荷物と共に載せる。浄土ヶ浜とか市場とかを回ってくれる。ついでに野田まで送ってくれるという。坂は自転車で走るよと言っても乗ってけと言うので、かなりワープするけど軽トラで坂の上の「道の駅野田」までワープ。なので国道ではなく、自転車では行かないような下の集落とか旧道を通ってもらう。
今日は雨が降っている。自転車で走っていてもビショビショにならないまでも濡れるので、雨装備にしてゆっくり走る。
途中の鵜ノ巣断崖に寄る。リアス式海岸の壮絶な風景が広がっている。自然の驚異に敬服。
途中には大きな橋があった。そこには深い谷があった。昔の人はこの谷を歩いて越えたという。昔の人にも敬服。
今日は雨が降っている。思惟大橋の近くの道の駅たのはたにテントを張って寝る。
宮古市内→国道45号線→道の駅たのはた
走行距離33km
積算距離5719km
思惟大橋から海方面を望む
深い渓谷に二つの大きな橋が架かっている道を走ってきた。どちらも下を見ると100mはあろうか、深い深い谷底になっている。昔の人はこの谷を越えて歩いたのだそうだ。良く見ると土砂崩れをしてる所もある。昔は命がけで歩いたのだろうか。多くの物語が生まれたという。
たのはた物語
田野畑村は、三陸リアス式海岸の西側に発達する海岸段丘と、それに連なる山地からなり、全体的起伏は標高百米から二百米の丘陵地に位置している。
村内を東流する小河川は、いずれもみな深い浸食谷を刻み、その代表的渓谷として羅賀沢、松前沢、槙木沢、弥生沢などがある。
この渓谷が、かつては人々の通行を阻み、そのため田野畑村は陸の孤島と称された。
昔、田野畑村に赴任を命じられた県の役人や学校の先生が先ず出会う最初の難所が、深く険しい槙木沢。
「さて、行こうか、戻ろうか」と思案するのでこの坂を「思案坂」と呼んだ。
この坂をやっとの思いで越えると次は更に深く大きい松前沢が控えており、その往来の難渋さに職を投げ出して帰る谷ということでこの坂を「辞職坂」と呼んだ。
この二つの坂にまつわる逸話が数多く残されているが、それも今は昔語り、長い間の村民の悲願が叶い昭和四十年には「思案坂(槙木沢)」に全長二百四十米、谷底からの高さ百五米の鋼橋槙木沢橋が完成、昭和五十九年には「辞職坂(松前沢)」に全長三百十五米谷底からの高さ百二十米の鋼橋、思惟大橋(逆ローゼ橋としては全国有数の大規模)が完成、地域住民に大きな光明を与え、田野畑村を大きく変えた。
なお、思惟大橋の橋名は、教育の村、思考の村を象徴し、「人も心も運ぶ」という意味と深く思惟し続けていく田野畑村の願いを込めて命名した。
昭和六十一年十二月十四日
文 田野畑村 村長 早野仙平
鵜ノ巣断崖
国道は山の中を縫うように進む。国道を走っている限り、壮大な景色は見ることが出来ない。国道からちょっと外れて、たとえ、来た道をもどることになったとしても、リアス式の海岸は見るべきだ。ここ鵜ノ巣断崖は「鵜」の鳥が渡ってくるそうだ。鵜にも川鵜と海鵜と種類があるらしい。川鵜は鵜飼漁に使うのかな。
断崖絶壁に見晴らし台があって、そこからの眺めがすごい。これぞリアス式海岸という感じ。リアス式海岸は土地が隆起して形成されたとされる。北上山系の丘陵地帯だけど、隆起した海岸が波に削られて崩落したりするとこうなるのだろうか。
今日は雨降ったりで天気が良くないから、ずっと向こうまでは見渡せない。だからこそ、この「遙か感」、携帯のカメラで写るだろうか。
赤松
海岸からちょっとした山の中を越えて真崎海岸へと続く遊歩道があった。遊歩道と言っても、あまり手入れされてなかったので藪のようになっている部分もある。この辺りは松林になっていて木の幹が赤い「赤松」が生えている。松島の辺りは「黒松」であった。
2004年06月18日
かにうに御膳
今日も寝坊した...出発は10時半くらい。今日の坂はそれほど急なのはなく、長いアプローチと6%くらいの比較的緩やかな坂が多かった。なぜなら、今日の道程にはトンネルがあったからだ。トンネルで山の中腹を通り抜ければ、急な坂を上っていく事はない。
今日の終着は宮古市。ここは本州最東端の重茂半島は「とどがさき」がある所だ。本州で一番早く初日が上がる。
宮古市内に、昨年亡くなった祖母の妹さんがやっている旅館がある。葬儀の時に「宮古行ったら寄ります」と約束していた。今晩はそこにお世話になる。ここは国道の交わる所で交通の要所、住所も1-1-1だ。昭和元年から営業をしているらしい。早速お風呂をいただいて、夕飯は特別に(?)ウニとカニを出していただいた。久しぶりに布団で足を伸ばしてぐっすり寝る。やはり妹だけに、亡くなった祖母に似ているなぁ。
釜石市→国道45号→宮古市
走行距離69km
積算距離5686km
浪板海岸
浪板海岸。リアス式海岸が続く中で貴重な砂浜の海水浴場。小さい頃に家族で遊びに来たような思い出が、頭の片隅にちょっと残ってる気がする。砂浜に降りてみた。昔と同じように砂粒はすごく細かかった。浪板海岸独特のにおい、サンオイルと、サーファーの使うココナッツのワックスと、海草などの混ざった独特のにおいも変わってなかった。
2004年06月17日
釜石の夜景
今日は寝坊せずに起きる。朝食をとって身支度してトイレに行ったら自転車が停まっていた。話をすると、彼も日本一周してるらしい。福岡から出てきて、3ヶ月で一周するとか。朝から晩まで走って一日150kmも走るんだって。あまり観光しないのかな。マウンテンバイクのリアキャリアに寝袋載せて、荷物はリアだけだから少な目かな。この旅初めての同業者。
今日の道はさらにすごかった。さらに今日は暑かった。一つ一つの坂が長く高くなってきた。一番長かったのは4キロくらい走って320メートルくらい上がる。一部10%の、平均斜度8%くらいかな。これくらいや、もう少し小さめの坂を今日も20個くらい越えたかな。
坂を上ってたら、車が横に付けてきて、助手席の窓を開けて、「トンネルの手前に小屋があるから寄ってってね、必ずよ」と声をかけてくれたおばさんがいた。おばさんと言うのはちょっと失礼かなと思う。その一瞬に言葉を交わしただけだけど、その人はすごく活発的で利発的でイキイキと生きているように見えた。そんな風を残して行った。
汗をかきながら坂を上っていたら、やはり小屋があって、その方と旦那さんみたいな方と二人で手を振って待っていてくれた。お呼ばれして縁側というかベランダに通してもらって、庭の池で冷やしていたというラムネをいただいた。ビー玉を押し込んで中に落とし、戻って来ないように気にしながら飲んだ。沢から引いた池の水で冷やしたというそのラムネは、今日は暑かったからか、それ程冷えてなかったけれどおいしかった。
今は退職して、ここに小屋というかロッヂというか、半分くらいは自分達で木を買ってきて建てて、庭を耕して野菜を植え、池を作って金魚を育て、目の前に見える海を眺めているという。今日は天気も良くて、海はすごく穏やかで、気持ちがいい。
昔は釜石に育った人は盛岡を見た事がない人もたくさんいた。東京なんて行った事がある人はこの辺りではほとんどいなかった。旦那さんは昔はあるスポーツですごく強かったので県大会や東北大会、全国大会など、当時の若者にしては遙かにたくさんの所を見て歩いたという。
若いとはすばらしいという事。若い時にいろいろ見るという事。いろんな人に出会うという事。
別れ際に奥さんが「あなたと会えて、お話聞けて、私すごく楽しかったわ」とおっしゃった。その言葉がまたすごくきれいだった。もう一度、すてきな風が吹いた。
今日は釜石の夜景が見える公園にテントを張った。
道の駅高田松原→国道45号→釜石市
走行距離85km
積算距離5616km
マンボウのこわだ
呑ん兵衛横町のほとんどの店は女性の名前が付いた店だ。その店の一つに入ってみる。妙齢の、いやちょっと高齢の屋号である「たみ子」さんと思われる方がカウンターの中に。店はカウンターが6席ほど。この旅で初めての外飲み。
釜石のおすすめというマンボウ料理を出してもらう。右側のわさび醤油で食べたのはマンボウの刺身。何かで食べた事のある味に似てるけど思い出せず。食感はタコの柔らかいのを軽くしゃぶしゃぶにして、ちょっと厚めにしたような感じだけど、噛みきれないという感じではない。
左の焼き物は「こわだ」。たぶんこわだというのは訛っていて、訛らなければ「こはた」。マンボウの腸を焼いたもの。コリコリしていておいしい。腸物だから、モツのような感じ。最近の焼き肉屋で「こりこり」とか言って、牛の何番目かの胃を出すけど、それに似てるかな。
たみ子さんとお話。やはり昔はにぎわっていたらしい。店を出したくてもなかなか空きがなくてかなり待ったとか。それが今は飲みに来る人も少なくて不景気だとか。昔は製鉄の人とか、水揚げに寄った船乗りの人とか、市内の大工さんとか、いろんな人が来たらしい。
船の人が来なくなったのは、話があるらしい。昔はサンマ漁船とかは釜石港に良く水揚げに来ていた。その時に魚屋さんが、その魚を安く買いたたいて買ったのだけど、お客さんが好んで買わないような小ぶりのサンマを、漁師がいる目の前で「なげだ」らしい。なげだというのは訛りで、標準語にすれば「すてた」という事。せっかく命をかけて魚を捕ってきたのに、目の前で魚屋さんに捨てられた魚を見て、それ以来、釜石には水揚げのための船はほとんど入ってこなくなったそうだ。釜石ではなく隣の宮古とかに行ってしまうらしい。だから今でも釜石の魚屋は隣町とかから高く仕入れたりしてるらしい。
新日鉄の話はあまりしてくれなかったけど、町中が製鉄工場だったらしい。この横町の裏も工場だったんだって。
夜の呑ん兵衛横町
夜の呑ん兵衛横町を走ってみた。やっぱり電気付けて店を開けてるのは半分くらかな。しかもどこもあまりお客さんは入ってないようで、通りにも酔っぱらいは歩いていなかった。ちょっと寂しい港町の横町。これも時代だから...
呑ん兵衛横町
釜石は昔、製鉄の町だった。釜石製鉄所で沢山の人が働き、そしてラグビーは日本一に強かった。
市内に呑ん飲兵衛横町というところがある。バラックのような建物で30軒くらいのカウンターだけの飲み屋が並んでいる。当時、釜石が栄えていた頃の賑わいが聞こえてきそうな感じがする。
三陸の山を越えて
三陸の山を越えて行く。ここは本当に海が近いのかと疑いたくなる。リアス式海岸は海に対して崖になってるから、海辺に道路を作れないのだろう。山肌を越えて進む。昨日までよりも越える坂は大きくなっていて、3km走って300m上がるくらい、約10%の坂の連続だ。今日は平地はほとんど走っていないかも。一日中、上りと下り。
2004年06月16日
高田松原海岸
まず、今日は寝坊した。起きたら9時だった。波の音の聞こえる海岸のすぐそばにテントを張ったけど、心地良かったのか寝過ぎた。朝食を食べていろいろ準備してたら出発は11時近くになっていたので今日はあまり走る気なし。気仙沼の名産というフカヒレを使ったラーメンを食べて、岩手県に突入。相変わらずアップダウンの連続。
陸前高田市は高田松原に道の駅があるのでちょっと時間は早いけど、ここに寝ることに決めて市内散策。高田松原は松林の生い茂った砂浜が2キロほど続く国定公園(?)だ。とても和む場所。今日は波も穏やかなのか、波の刻むリズムもゆっくりだ。
海に魚は何匹いるのかな。磯釣りをしてる人が結構いるけど、なかなか釣れないね。海を見ながら夕飯食べて飲んでまったりしてると暗くなってきた。点滅してる光は灯台で、動いてるのは車のライトだね。
走行距離46km
積算距離5531km
2003年08月30日
2003年08月19日
ぶらり途中下車の旅

青春18切符が余ってしまったということで、副会長とぶらり途中下車の旅へ。朝7時に駅に集合して適当に行き先を決めて電車に乗る。適当にと言ってもそれなりに考えないといけない。何しろ電車の本数が少ないのでうっかり、ぶらり途中下車をしたりすると、次の電車は1時間後というのはザラである。つまり、目的地へ行く過程での乗り継ぎ駅でしか「ぶらり」はしにくいのだ。
とりあえず北を目指す事にするも、最初で座礁。青春18では盛岡駅から北に行けなくなってしまっていたのだ。八戸駅まで新幹線が開通したおかげで、従来のJR在来線は岩手銀河鉄道とかいう私鉄になってしまったのである。なのでJRの乗り放題切符は使えず、別に私鉄の乗車券(終点の八戸まで行くには2500円くらい)を買わないといけないのだ。JRは新幹線しか走っていないのだ。何とも不便。ということで、一回ちょっと南下してから秋田に向かい、それから北上するという、何とも遠回りなルートをとることにしたのである。
途中の秋田県は横手の駅でぶらり。横手と言えば何が有名か?僕は知らなかったのだが、焼そばが有名だという。では、昼飯は焼そばにしようということに。駅を降りると確かにソースの匂いがするような気がする。駅併設の食堂にも確かに「横手焼そば」はあったのだが、それには遠慮して町の方に歩く。横手焼そばの幟(のぼり)を掲げた店が結構ある。確かに焼そばは有名らしい。観光客向けみたいな店に入っても面白くないので、そんな店をパスしながらアーケード通りへ。その一本外れた道によさげな店を発見。地元の人が昼飯のために入っている。油でよごれた店内にカウンターが10席ほど。メニューは焼そばしかない。おすすめだという元祖ホルモン焼そばを注文。その間にも電話がよく鳴り、電話で注文が入っているようだ。時間が経つと注文した人が取りに来て昼飯を持ち帰っていく。確かに一般市民もよく焼そばを食べるようだ。
追記
この時に入った店が「まいど食堂」というのだけれど、後で調べたら、このまいど食堂が横手焼きそばの発祥の地らしい。
2003年07月23日
2003/7/23 16日目 バーベキュー
2003/7/23 16日目 バーベキュー
曇り時々雨
実家(盛岡市)
今日は後援会(計2名)によるバーベキューパーティー。
ヤマ@副会長の家の庭にてバーベキュー。米沢牛のカルビと厚めのタン。ビールがうまい。
ヤマパパ、早く良くなりますように。
2003年07月22日
2003/7/22 15日目 お墓参りなど
2003/7/22 15日目 お墓参りなど
曇り
実家(盛岡市)
久しぶりに布団で寝た。ぐっすり。今日はおばあちゃんの家に行ったり、お墓参りして安全をお祈りしたり。TRY 360 へ向けての休息日。
変わらぬ味

高校時代から約10年通っている三平食堂の「ごますりラーメン塩ちょい辛&替玉」を
食べる。ずっと変わらぬ味。すり鉢にたっぷりの白ごまが入ってきて、ごまをお好み
の加減に自分ですってから味を指定して、すり鉢をどんぶりにして食す。スープの最
後までごまの風味がうまい。
Photo : ヤマ@副会長
2003年07月21日
2003/7/21 14日目 実家に到着
2003/7/21 14日目 実家に到着
曇りのち雨
北上市→国道4号線→盛岡市→実家
テントをたたんで出発準備。このキャンプ場は無料キャンプ場なので混んでいるのかと思ったら、いとこ同士で来たようなファミリーがいるだけだった。夜は子供が遅くまで「おならの音真似」をして盛り上がっていた。まるで「ガキの頃は、バカだったなぁ。」(http://www.1101.com/kodomo/index.html)そのものである。
岩手県の走りづらい道を走ること50キロ。お昼頃に盛岡市に到着。あとは知った道なので裏道でささっと抜けて実家へ。到着の3分前に雨が降り出した。おばあちゃん家も来て楽しい夕食。久しぶりに雨と蚊の心配をしないで布団で就寝。
本日の走行距離 56.25km
走行時間 3時間24分
平均速度 16.5km/h
積算距離 1657.3km
積算時間 106時間16分
2003年07月20日
2003/7/20 13日目 秋田県から岩手県へ
2003/7/20 13日目 秋田県から岩手県へ
雨のち曇り
道の駅にしめ→本荘市→国道107号→横手市→国道107号→北上市
道の駅にしめを出発。どこでも朝になると掃除のおばちゃん達が来るのだが、秋田に来てから、言葉が分からなくなった。僕は岩手県は盛岡市出身なので、一応少しは東北弁を聞き取る事ができるはずだけど、ここでは、まるで外国語を聞いているようだ。語尾が訛っているのならば話の大筋は分かるのだが、単語がまるで違うと分からない。
今日は岩手県に向かう。盛岡の実家に寄るのだ。予定では明後日には実家に着いて、自転車を置き、一旦千葉に戻る。出場したい自転車のイベントがあるのだ。自転車でお世話になっているサイクルハウス・ジロ(http://www.cyclehouse-giro.com)のクラブイベントで「TRY 360」というのが7月26日に開催される。千葉県千葉市のお店の前から出発して新潟県直江津市まで、日本横断の360キロを走るのだ。午前2時に出発して午後10時には着くという、究極のワンデイツーリングである。これに初参加する予定である。ここ12日間、ある程度早いペースで走って距離を乗ってきたのも、このTRY 360へ向けてのトレーニングという意味もあったのだ。
今日は中央分水嶺の峠越えを含んだルートである。大型車もそれほど走っていなく、連休とあってか、ファミリーカーが多い。すれ違った車に怒鳴られたと思ったら良く考えてみると「がんばれー」と言われたのだと気づく。後部座席に座った子供が振り返って手を振ってくれる。元気が出る。
峠といっても、それ程きつくなく走れる。トンネルも歩道があって安心だ。少なくとも秋田県内では。県境の標識を越えて岩手県に入ると、途端に道路が変わった。コンクリートの道路にアスファルトで何重にも継ぎ接ぎをして補修したような道路だったり、トンネルには歩道がなかったり、トンネルの路肩にはエロ本は散乱してるし、道路に穴は開いてるし、トンネル内の電灯の数が少ないので暗いし。峠を越えて下りになってもそんな感じなので、スピードも出せず、非常に走りづらい。北上市内に入っても歩道は段差ばかりだし、岩手県は道路ワースト1に認定した。途中の錦秋(きんしゅう)湖のあたりは非常に景色が良かっただけに残念だ。
北上市総合運動公園の隣にあるキャンプ場にてテント泊。
本日の走行距離 124.79km
走行時間 7時間26分
平均速度 16.7km/h
積算距離 1601.0km
積算時間 102時間52分



